オヤシロ様、名前の由来諸説。
御社
御八代
親代
親城
…etc


〜〜大石の話。(多分、興宮視点の話)
鬼達はある種の仙人でもあり、恐れ崇められていた。
不治の病にかかった村人を鬼ヶ淵に運んで治してもらったりしたらしい。
息子を治療してもらった代償として、連れてきた母親を食わせろ、となる。
母親は息子を連れて逃げる。これを鬼達全員が追いかけて取り囲んで捕まえる。
結局母親も息子も捕まって食べられた。
その話は矛盾がある。当事者の2人が食べられちゃったら、その話は残らない。
鬼ヶ淵の鬼が総出で獲物を捕まえに来る話は結構ある。
鬼達の獲物は常に1人で、前もって決められている。
鬼の狩りの時には邪魔をせず、家に閉じこもって布団を被っていろ。
獲物を助けたり、狩りを邪魔しなければ村人に危害を加えることはない。

鬼ヶ淵と呼ばれていたころ、ふもとの村人は神聖な土地なので立ち入ると祟りがあると恐れた。
鬼たちもまた、俗世に出て行かないようにオヤシロさまに厳しく見張られていた。
オヤシロさまは俗世と鬼ヶ淵の交流を禁じていた。この地を外界から隔離しようとする監視者。


綿流しからの情報
人食いの儀式→下界からオヤシロ様の定めた人間を選んで解体、腸流しをする。
       嫌がる人も無理矢理参加……第一の事件との符合。
       第一の事件は「人食いの儀式」或いはそれを模したものである可能性。
綿流し→人食いの儀式と共にある。意味合いとしては「連帯感を強める」、かな?
    口封じの意味もあるのかもしれない。また見せしめ処刑でもある。ショー。
生贄の儀式→オヤシロ様の怒りを鎮めるため、人間を生きたまま鬼が淵にゆっくりと沈める。
      ……鬼が淵は地獄と繋がっているのであってオヤシロ様とは繋がっていない気がする。
      その辺は関係ないのかなぁ。
鬼隠し→???? どうもはっきりしてない気がする。
    何を持って鬼隠しとするのかがはっきりしない。
    行方不明になることを鬼隠しというのか、それとも鬼が下界の人を攫うことなのか
    或いは鬼が淵に消えることを鬼隠しというのか?
オヤシロ様の祟り→タブーを破ると発現。地獄の釜が開く、鬼があふれ出すなど。
         タブーを破ったら生贄の儀式で怒りを鎮める。



鬼についての推理。

「鬼」とはハンセン病(らい病)患者ではないか、と推理してみる。
らい病の感染菌「らい菌」が発見されたのは1873年(明治6年)であり、
それ以前は原因不明の病であった。
不治の病とも考えられ、治療薬が開発されたのは1943年(昭和18年)のことである。
それ以前の治療法は祈祷などや、
皮膚に石油を塗るなどという、逆に悪化させかけない治療法であった。
従って、
「若い女の血を浴びれば若返ることが出来る」みたいな伝説のように、
「正常な人間の肉を喰らえば、身体を治すことができる」という発想があっても不思議ではない。

日本国内では、その外見上の特徴や、伝統的な穢れ思想を背景に持つ中世以来当時の仏教観により、
神仏により断罪された者の罹る病とされ、患者は差別、偏見の対象となった。さらに、近代医学の導入後も、
この病の特徴である潜伏期の長さは感染症であることの認知を妨げ、遺伝病であるとの風評が定着した。

1907年(明治40年)「癩予防ニ関スル件」、1931年(昭和6年)に旧「らい予防法」、
1953年(昭和28年)に「らい予防法」が制定されたことにより療養所に強制的に隔離するという政策がとられていた。

「らい予防法」は1996年(平成8年)4月1日にようやく廃止され、
現在では一般の病院や診療所で健康保険で治療できるが、今なお誤解や偏見が残っている。

らい病、と言わずとも皮膚病である可能性は高いだろう。
ただ、らい病であると「遺伝病」と考えられていた、という点が特にそれっぽい。

このことから、人食いの儀式とは、皮膚病治療のための行為ではなかったか、と考えられる。



では、オヤシロ様とは?

「鬼を人の姿にした」という言葉を思えば、皮膚病の治療者ではないか、と思われる。
仮にらい病だとすると、治療薬開発が昭和に入ってからなので少し難しいだろう。
そもそも、このオヤシロさま伝承が果たしていつのものであったのか?

病気の蔓延を防ぐため、村人を外界へと出さず、
病気を感染させないため、外界からの侵入者を拒む。

人食いの儀式に関して、「オヤシロさまの定めた人間を解体する」という記述があり、
「治療したにも関わらず、間違った治療法を継続させる」という矛盾が発生する。

と、ここで考えられるのが「オヤシロさま複数説」である。

この村には元々祀られている神がいた。
それは恐らく山の神であり、怒りによって火山活動を活発化させるような。そのような神だったろう。
こちらが「崇り神オヤシロ様」である。
そこで発生した感染性の皮膚病。
人々は「神の祟り」だと恐れたのではあるまいか?
神の怒りを鎮めるために生贄を捧げたり、(生贄の儀式)
治療のために巫女の託宣で選んだ人間の肉を喰らったりしたかもしれない。(人食いの儀式)
そこへ現れたのが「治療者」である。
治療者は彼らの病を(少なくとも外見上は)治し、神の使いだとか、神だとか称えられた。
こちらが「治療者オヤシロ様」である。
(治療者オヤシロさまは、この村の人と婚姻し、子をなすこととなった。かもしれない。
 仮にそうだとすると、婚姻相手は恐らく神職で、古手の家系であろう)
治療者オヤシロ様は村に様々な医療技術を伝え、なんらかの理由で死んだ。
自然死か、事故死か、或いは殺人かは不明であるが、ここで「生まれ変わり」フラグが立つわけである。
ともかく、オヤシロ様に治療法を習うなどのことをしてもらった村人たちは、
「自分たちはオヤシロ様に選ばれたものなのだ」という選民思想が生まれた、かもしれない。

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